家族の退化と可能性

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 現代の家族は完全に核家族が中心となっています。もっと言えば、

夫婦という最小単位が中心になっていると言っても、過言ではないかもしれません。たとえ、二世帯住宅を建てたとしても、完全に異世代の家族が生活を共にしているのではなく、それぞれの世代が独立して、互いに影響しあう程度の関係性を保っています。そういう家族の形が、住まいにも大きく反映されています。昔の運命共同体としての家族が生活の場面を共有したのとは違い、現代の家族が円満に幸せに暮らすための条件は、生活場面の独立性の確保です。

昭和の高度成長期に育った私達の世代は、「もはや戦後ではない」の言葉通り、自分の部屋を持っていました。そこには、勉強机、ベッド、本棚が完備されていました。その頃から、核家族化が急速に進み、それに比例して、家族の機能の退化が進みました。

 昭和の終わりから平成の初めに育ってきた子ども世代は、核家族どころか、家族を欲しない世代になってきました。これは、家族が機能しがたい世の中になったと言えます。しかし、家族が機能しがたくなっていくにつれ、住まいには、新たな可能性が生まれています。家族ではない地縁による共同体のための住まいです。簡単に言えば、ワンルームマンションであり、高齢者住宅です。

やがて、地縁の共同体が家族の機能を担うようになり、住まいはその共同体が済みやすい環境へと進化していくかもしれません。例えば、老人ホームと保育園と小学校を1つの建物の中に作っていく発想です。その建物を住まいと呼ぶのかどうか、わかりませんが、住まいも又、近い将来、大きくその形態を変えていくことでしょう。人類は、やはり、どんな形でも、1人では生きていけないのです。どんな住まいの形態になっていくか、楽しみです。

Posted on 8月 21st 2012 in 未分類